牧師とはズバリ羊飼いのことです。羊を養い、羊を守り、羊とともに生きる人です。 羊は迷いやすい動物だそうで、羊飼いは羊の群れが迷って飢えることがないよう、 食べ物のある良い場所に導き、また野獣が群れに襲い掛かる事のないように守るのです。
でも教会は動物園ではありませんね。 実は聖書では、私たち人は羊であり、イエス・キリストは羊である私たちを養う大牧者であると例えます。キリストは神の言葉を語り、神のわざを行って人々を養い導きました。そしてキリストは羊である私たち人のために十字架でいのちを捨てるほどに仕えてくださいました。
復活後キリストはペテロという弟子に「わたしの子羊を飼いなさい」と言われました。牧師はこのキリストの言葉に従ってキリストの羊の群れである教会を養い、教会を守り、教会に仕えます。
私たちは羊のように迷いやすい者ですが、導き手であるキリストをともに仰ぐことができればと牧師は働いています。特に日曜日の礼拝では魂の養いとなる聖書からのメッセージを語り、皆さんの上に神様からの祝福をお祈りします。
実はお祈りの際に手を組むことは多くの習慣の中の1つです。すべての教会が手を組むわけではありません。合掌で祈る教会もあります。聖書には立って祈る、手を上げて祈る、ひざまずいて祈る、うつ伏せになって祈るなど様々なお祈りの姿が記されています。それらは、信仰による祈りが形となって表されたものでしょう。
つまりお祈りは、形以上に大切な事があるのです。それは神様に心を向けるということです。すべてを知っておられる神様は私たちの祈りにも、耳を傾けてくださる方です。私たちはすべてを最善に導いてくださる神様に何でもお話しすることができます。聖書にも神様を「私たちのお父さん」と呼ぶ事の出来る幸いが記されています。私たちは神様との親しい親子の関係に招かれて祈ることが出来るのです。
ですから神様に心を向けているならば、合掌でお祈りしても何にも問題はありません。 歩いていても、寝転んでいても、電車に乗ってつり革につかまっていても、祈る時に神様は聞いておられます。神様に祈るということは、形ではなく、神様を信じる人の生き方なのです。
詩篇139篇の言葉を載せておきます。ぜひ祈ってみてください。
主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。 br> あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。 br> あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。 br> ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。 <新改訳聖書>
全国に230以上の教会がある日本同盟基督教団に属している教会です。キリスト教会共通の信仰告白に立って活動しています。93年にスタートした、若く暖かな教会です。お年寄りから赤ちゃんまで集っています。建物はいわゆる教会らしい形をしています。
日本同盟基督教団については以下のリンクを参考にしてください。
http://www.doumei.org/
そうですねぇ。教会にいる人を見ると
つまりどんな人でも存在して良いところです。一人一人が教会に新しい色を加えてくださいますので、そのことを嬉しく思います。
「何か良いことがあるかどうか。」この質問は人それぞれの願いが込められていることでしょう。何か良いこと、もちろんあると思いますよ。いわゆる商売繁盛、家内安全、健康、安産を期待しておいでいただくことも問題ないでしょう。なんてったって神様は最善を行なってくださる方ですから、祝福を味わってください。
ところで、考えていただきたいことがあります。私たちは沢山の良い事があるならば、本当に幸せなのでしょうか。
たとえどれだけ多くのものを得たとしても、いつかは色あせていくことを私たちは経験するものです。失ってしまうこと、傷ついてしまうこともあるでしょう。
私たちの健康もいつかは衰えていきます。長生きをしたとしても、いつかはこの世とお別れをしなければなりません。どれだけ多くのものがあっても、何も持っていくことはできず、すべてのものを残して去らなければなりません。
ところが聖書は、たとえどんなことがあっても、いつまでも残るものがあると教えています。教会は聖書の言葉を通して、いつまでも残るものを分かち合う場です。本当の良いもの、いつまでも残るものを教会で得ていただきたいと願います。
礼拝は、日曜日の朝10時30分からです。ぜひおいでください。また平日でも、おいでいただけるのをお待ちしています。不在の時もありますので、連絡いただけたら確実です。
できます。式と結婚への心の準備のためにカウンセリングを受けていただく必要があります。ぜひご連絡ください。
教会としては特に現在、外国語を学ぶクラスは開いていません。ただ英語を話せる人は何人かいるので、お願いしてみるのもいいかもしれません。
どうぞおいでください。歓迎いたします。誰でも初めての時があります。私もクリスチャンではなかった時に礼拝に行きました。行きたいと思った時こそが吉日です。
もちろん一度だけでも大丈夫です。再び行くかどうかはあなたの自由です。希望される方にはイベントの機会に案内を送らせて頂きます。
礼拝とは神様との出会いの場です。
礼拝を通して、あなたは導き手である神と出会い、本当の安心、本当の平和を味わうことが出来るでしょう。
持っておられたら聖書があればよろしいですが、なくても貸し出しがあります。また礼拝は予約制ではありませんので、ご心配はいりません。
礼拝の中で神様に感謝を表わすことを目的として献金の時があります。これは「神様にささげたい」と願う人が自由に行なうものですから、遠慮してくださって大丈夫です。ささげたいと思われた時にご参加ください。
あと昼食は200円で食べる事が出来ます。初めての方はフリーです。
ご自分のお好きな格好でよろしいかと思います。集っておられる方はカジュアルな服装の方が多いです。
もしかすると音痴のために周りに迷惑を掛けることを心配し、歌うことを恐れておられるのでしょうか。
実は賛美歌を歌うとは人に聞かせるものではなくて、神様にささげるものです。まず、歌詞を味わいながら心を神に向けていただくことが大切なので、音痴であることは心配しないでください。力いっぱい歌っていただいた方が嬉しいです。礼拝を通して、神に向かって歌う喜びを味わっていただければと思います。
小さいお子さんとともにおいでくださる事はうれしい事です。イエス・キリストも「子ども達を来させなさい。止めてはなりません。神の国はこのような者達のものです。」と子ども達を歓迎されました。
大人の都合だけで礼拝をしているのではありませんので、泣いても騒いでもあんまり迷惑になると心配されずに、一緒に礼拝堂にて過ごしていただきたいと願っています。他にも赤ちゃん連れの方もいます。
ただ、どうしても心配してしまう方もおられるでしょうから、他に部屋も用意しています。 ビデオで礼拝の様子を見ることも出来ますのでご安心ください。